忍者ブログ
TRPGシナリオとかの墓場
「アニキィ!ここにいやしたか!」
ふ、と微睡から現実に引き戻される。マエストロドーロの城、6番隊に与えられた事務所……ではなく、その一階に作られたガレージの隅で、EMRは目を覚ました。
隊長のイメージ通りの清潔感溢れる合理的な事務所と違って、ここは埃っぽい。愛車を格納している大事な場所ではあるが、日差しは入らないし換気も悪い。それに、常にガソリン臭い。しかし、EMRはそんな環境も嫌いではなかった。自分が置かれている環境を正しく認識できて、居心地が良かった。
積み上げられたタイヤの上で腰掛けながら、声のしたほうへと目をやる。見慣れた坊主頭の部下が、慌てたようにこちらを見上げていた。
「なんだァ……お前か。」
「へいッ!俺です!」
「見ての通り僕は昼寝中だったんだけど?なに、急ぎの用事ィ?」
ふああ、と大口で欠伸をしてから、腕を組んで真上へと伸ばす。伸縮性のよいスーツが、シワを伸ばしてきれいな陰影を作る。んん、と喉を鳴らしてから、仕方なくタイヤの山から降りた。カン、とヒールを鳴らして、コンクリートの床へと着地すれば、情けない表情のまま坊主頭の部下が近寄ってきた。
「リーダーの呼び出しッス。研究姿勢の見張り番の時間が変更、だとか……」
「はぁ?まだあと2日は先のはずじゃん!ったく、あの3番隊隊長め。まーたワガママ言いやがったな?」
「へい……すいやせんアニキ……」
「なんでお前が謝るんだよ、いーんだよ仕方ねぇって!それに、先輩はむしろ研究施設に長くいるほうが機嫌いいしな〜」
そう言いながら、EMRは己の隊のリーダーの顔を思い描く。造りのいい仏頂面が、研究施設の子供の前でだけ緩む瞬間を見るのが、EMRの密かな楽しみでもある。普段からそうやって笑っておけば、そこらへんの女なんていくらでも落とせそうなものだというのに、彼には浮ついた噂が一切ない。つまらない男と言えばそれまでだが、そういう不器用で直向きなところが、また部下に慕われる理由でもあった。
だが、彼の根っこが研究者であることもまた事実。EMRが入隊してから今まで、彼自身が研究に直接関与している姿こそ見たことはないが、子供好きなのは実験体としてという可能性はある。もし彼が、子供らに非道な実験をしているというのならば、彼もいずれはこの手で……
「アニキ?」
「ああ、なんでもない。まだ寝ぼけていたかな!」
さ、急ごう。そう部下に声をかけて、自らも手袋を嵌め直す。
正体を晒すにはまだ早い。材料も、好機も、まだ揃っていないのだから。
禿げ上がった部下の頭を眺めながら、二階へと続く階段に足をかける。副隊長の座まで、ここまで短期間で上り詰めたのだ。最後で手を抜くわけにはいかない。とにかく今は、人質の解放と戦力の削減を目指し、あちら側に情報を流さなければならない。そのためには、信頼を得なければ。実力を示さねば。FHは非常にそれがシンプルで、ありがたかった。

---

研究施設内は静かだ。
主に子供達に催眠をかけ、ここが家だと錯覚させ、大人しくさせるためのセーフティハウス……といったところか。6番隊隊長のイプセン……先輩を横目で眺めながら、その役割に吐き気を催す。
ここでは、具体的な研究はまだ行われない。その下準備のための施設である。ボスに、組織に、従順にするための……表面上だけの平穏が取り繕われた、最も忌むべき場所だ。罪なきモルモットたちのケージだ。
もちろん、EMR自身もその吐き気を催す仕事を手伝ってきた。信用を得るためとはいえ、子供を攫う手引きをし、泣く子供を黙らせ、この施設で記憶処理のレバーを引いた。断罪されるならば、自分諸共であることは覚悟の上である。
しかし、何より辛いのは、その記憶処理を施した子供たちが、何を履き違えたか自分たちに懐いてしまったときである。そういう子を本部に連れて行くときは、いっとう辛い。
だからなるべく施設内では子供達に会わないようにしてきた。幹部用の部屋に隊長と一緒に居座り、モニター越しに施設内を観察する……振りをして、UGNを手引きするためのルートを探す。
この施設に来て1週間ほど。大体の構造は幾度かの訪問によって頭に入っている。それに、確かこの後見張りを交代する隊の頭は、そう賢くない。狙うならば、このタイミングしかなかった。
黙ったままキーボードを打ち、何かの資料を作る隊長に気付かれないようにして、データをこっそりと極小端末によってUGN側に送信する。あとは、あちらで詳細な計画を練って実行してくれることだろう。
……本当は、自分のいる隊の担当時に襲撃してもらったほうが楽ではあるのだが。しかし、あちら側にも存在を知られていないEMRの身の安全は確保されないし、何より先輩を舐めていては用意周到なUGNといえど爆発に巻き込まれて終わりだ。念には念を。EMRはまだ死ぬわけにはいかないし、UGN側にも無駄な犠牲者を出すわけにはいかないのだ。
それに……と思う。この先輩を傷付けるのは、少しばかり胸が痛んだ。先輩だけではない、自分をアニキと慕ってくれる部下たちもそうだ。いつの間にか、UGNよりも居心地の良くなってしまったこの場所を、そう簡単に手放すのは、あまりに惜しかった。
もう少しだけ、あともう少しだけ。せめて、自分がボスと相対し、任務を果たすそのときまでは。このぬるま湯のような関係を、大切にしたかった。

---

「EMR、お前に3番隊の隊長を任せる」
来た、と思った。
好機が舞い込んできた。UGNの襲撃が上手くいったばかりでなく、まさかボスまでの距離も縮むとは。内心身震いをしながらも、余裕をもって快諾する。まだ顔も知らぬボス、子供を使って暴虐を尽くす悪、それを仕留めるまでのカウントダウンが、胸の内で始まっていた。
ふと、視線を感じて隣を見る。そこには、目にうっすらと不安を浮かべた先輩がいて、あまりの意外さに思わず目を見開いた。
「こいつが抜けると、6番隊にとっては大打撃だ」
その言葉に更に驚いた。実力不足を心配されているのかと思いきや、まさかのその逆だとは。そこまで彼に信頼されているとは、思いもしなかった。右腕、という言葉に思わず顔が熱くなるのも、仕方ないと思う。
と同時に、しまったなという感情が湧く。
PR
Copyright c ごみ捨て場 All Rights Reserved
Powered by ニンジャブログ  Designed by ピンキー・ローン・ピッグ
忍者ブログ / [PR]